第一話~名無しの青年~

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 人が踏破することは不可能とさえ言われた、天を衝かんと聳え立つ二つの峻険なる山を、たとえどこにいても拝むことができるクレアシオ大陸。東西に大きく広がる大陸には七つの人類国家がその領土を奪い合っていた。食糧、資源、土地。そのどれもが不足気味な大地の上で、誰もが笑っていられることなどありはしない。そんなものはただの理想郷に過ぎない。現実では人々は奪い、搾取し、騙し合う。そんな荒んだ世界だった。子供も大人も、汚い世界に身を沈め、いつか戦争が終われば、自国が勝利しさえすれば、こんな悪夢も終わる。きっと本当の理想郷で、心から笑い生きることができる。そう信じて、それを拠り所に生きている。  アシエス達の住んでいるルミーラ王国は再西端に位置している。王族から平民まで、その髪は白く、その眼は黄色だ。これはルミーラ王国の民の象徴であり、それと同時に彼らが抱く誇りだった。争いを繰り広げ続けている他国と線引きをする役割も担ってくれる外見を、彼らは少なからず大事に思っているのである。  クレアシオ大陸に存在する国は七つ。それは、ただ文化を分かつ団体が七つあるというだけではない。その国ごとに人種が異なっているのだ。  ルミーラ王国は白髪に白眼。大陸の中央に大きく幅を利かせ、大陸最大の勢力を誇るフィーマ帝国は赤髪に橙眼。最大の湖を保有するネイス公国は水色の髪に碧眼。鉱物資源が豊富なアルディオ連合国は茶髪に同色の瞳。魔術を道具に活用する技術を駆使するトゥヴァーオ共和国は黄色の髪に若干紫がかった瞳。年中霧に覆われる広大な森を領土に持つビエント皇国は緑の髪に同じ瞳の色。七種族の中で唯一国という形を持たず、しかし他国と同等の勢力を誇るモルクル人は漆黒の髪と目。  人種の違いは外見だけあり、身体能力や体格に大きな違いはなく思想も大した差はない。モルクル人だけは他人種を排そうとする動きを見せることはないが、他の六人種は「我が同胞さえよければ」の精神だ。  ずっと城の中で裕福に過ごしてきた箱入り娘のアシエスには、どうして仲良くできないのかとしか思うことはなかったが。  人が人である限り、戦争はなくならない。かつてルミーラ王国の賢人がそう説いたが、十中八九その通りなのだろう。あくまで、妥協と理解をしなければ、だが。
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