第3章 変わらない日常の些細な変化

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実際のところ、常連さんの注文なら大方覚えているし、それを踏まえて仕入れをしていたりする。 でもそういうのを把握されていて、注文するっていう手間が省けてラッキーだと思う人もいるかもしれないが 大半は覚えられていることを恥ずかしいと感じるから。 だから知らないふりをするのが常だ。 「また、合コンに行くのかい?」 今日はもうひとつ、違うことを追加してみた。 他意なんてない。 ふと素直にそんな言葉が頭に浮かんだから、そのまま、素直に口にしただけ。 一瞬、「また」の後を続けるのに、喉奥がつっかえたけれど、そのまま思ったことを言ってしまった。 でも彼がそれに対して「なんだよ、うるせぇな」と思わずにいてくれるのは、もうわかっていることだから。 「んーどうしようかなぁと迷ってます」 それなら勉強しなさいと言ったら、さすがに鬱陶しいだろうな。 「つうか、それなら行かずに勉強しろって話ですよね。レポート提出あるんだし」 「……」 彼がどういう大学に行っているのかは知らないけれど、ちゃんと勉強して良いところに就職するんだろう。 そんな彼にしてみたら、脱サラして、安定からはほぼ遠そうな仕事をしている俺はどんなふうに見えるんだろうか。 「でも、やっぱり合コン行っちゃうんですよね~」 「こら、大学生だろう」 「アハハ」 悪びれない笑顔でビニール袋を手にすると、ひとつ会釈をしてから、今日はいつも以上にごきげんな足取りで駅へと向かって行った。 代返頼んで、どこかでブラブラしてから大学に行くつもりなんだろうか。 何か楽しいことが彼を待ち受けている、そう思える、軽やかな足取りに、手に持っているサンドイッチとサラダの入ったビニール袋も踊っているように見えた。
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