第1章 この距離

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朝は昼間と違って、同じ面子を同じ時間にほぼ毎日見送るのが面白い。 この時間じゃ、一本今日は電車を逃したんだろうなっていうサラリーマンが、諦めに近い足取りでのんびり歩く姿。 毎朝、子どもと大きな鞄を抱えるようにして、保育園にでも行くんだろうか、夢中になってどこかへと歩く母親。 専業主婦なんだろうか、犬の散歩をしている奥さん。 学生なら季節が変わらない限り、毎日同じ制服で。 サラリーマン、OLなら、片手に持ったカーディガンや、スーツのジャケット、結んでもらうのを待つネクタイから、慌ただしさが少しだけ見え隠れする服装で。 毎朝 駅へと向かう人 駅からどこかへと散り散りに歩く人をサンドイッチを売る移動トラックの中から見送る。 駅から数メートル離れたところ、コンビニもあるけれど、店の中に入る時間すら惜しい時には歩いていて、サッと買えるこういう店はありがたがられる。 いいところを見つけた。 ここはまだ数週間しか通っていないが、売り上げ的には今までのどこよりもいいかもしれない。 「や、だからさ、あいつが幹事の合コンって大概外れじゃん」 そんな俺にとってのホットスポットを毎日バラバラの時間帯に向かう大学生らしき男は、このトラックを見つけると必ず、卵サンドとオムレツサンド、それから、ミニトマトのサラダを買っていく。 いわば、常連さんだ。 「すんません。卵サンドとオムレツサンド、あと……」  向こうは俺がメニューを覚えているなんて思いもしないんだろうな。 「ミニトマトのサラダ」 「はい、少々お待ちください」 こういう移動販売、しかも朝の時間帯で寄ってくれる客はまず急いでいる。おつりと一緒に商品を手渡すまでにもたついていたら、次は買ってくれないから。 「ありがと。……お前に言ってねぇよ。だから今日の合コンは俺、パスだって」 だから買うものを知っている場合はあらかじめ用意しておいたり。 電話で話しながら片手間にこちらへと手を差し出す大学生が、小銭を落とさないようにそっと手の中に押し込んで、持ちやすいように袋の取っ手を広げてやる。 「んぁー……女子価格でいいって、ダダじゃねぇのかよ」 大学生はそれをサッと手に取ると、そのまま電話で合コンの話を朝から大きな声で続けつつ、駅へと吸い込まれていった。 今時の大学生っていうのはあんななのか?
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