第34章:咲という人。

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「…………」 咲は黙ったまま、そんな野城を見据えていた。 とぼけたような、奈央子と同じく、理解に苦しむような表情で。やや首を傾(かし)げている。 そして、野城が一体何を言ってるのかやっぱり さっぱり分からない奈央子は、二人を相変わらず交互に見ていた。 だが、数秒後 咲が「お気付きの点がございましたら、気兼ねなくお申し出下さいね」とスマイルで言い、背を向けて、カウンターの方へと去って行った。野城はさっき言った通り、これ以上追及する事はなかった。 ガヤガヤ… 奈央子の耳には急に、周りの騒音に神経が戻って来た。カチャカチャというフォークやナイフが皿と触れ合う音。椅子をひく音。賑やかなお喋り声。 自分が誰かとのコミュニケーションに入り込んでる間は、不思議と、周りの音が 遮断されているような気がする。 奈央子は、咲の姿が見えなくなったから野城の方を振り向いた時に同時に、周囲の光景が目に写った事で、今は朝食の時間だった事を思い出したのだった。とはいえ忘れていた訳ではないが、先ほどのピリピリした空気の時はそうだった。 「…あの、野城くん」 「ん?」 野城は奈央子は見ずに、咲が去って行った方向を眺めながら返事をした。意志が感じれなく うわべの返事だった。 咲がカウンターの奥の厨房に入って行き、間違いなく姿が完全に見えなくなるのが確認出来ると、野城は次に天井を見上げた。シャンデリアが垂れ下がっている高い天井を。 そして天井を見終えたかと思うと今度は、椅子に座ったまま上半身を奈央子に近付けて来るではないか。 「な!何々!?」 「いいからちょっとちょっと、背中見せて?」 「―――…え!?」
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