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「葵」
政志が葵に声をかける。葵は涙を見せまいとでもするのか、さらに深く頭を垂れた。
「つらかったら、先に帰るか?」
政志の言葉に、葵は首を横に振る。
「せめて最後まで」
葵は精一杯の言葉を返す。
「そうか、なら、いいんだ」
政志はそれだけを言うと、心配そうな視線を向けている茜に声を掛け、遺族達の列に戻る。厳粛な空気の中、時間は進み、啓太の母親が、のど仏の骨を骨壺に収める。係員の先導の元、いったん葬儀場に戻ると言うことだったので、一同は係員の後について歩き出す。葵も茜の助けを借りて一団の最後尾を歩く。葬儀場に戻った後は細々とした諸手続の説明が続く。さすがに親族では無い桜井家の面々はそこまで帯同はせず、家へと戻ることにした。
彼らが家にたどり着いたのは夕方を大きく回った時間だった。
「夕食はどうする?」
政志が茜達に問いかける。
「私はいらない」
葵はそれだけを応えるとまっすぐ自分の部屋へと向かう。そんな彼女に、政志も茜も、そんな姿をただ見送ることしかできなかった。
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