2 燃え立つ想い

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「わ、私、奈良から出たことないしっ」  零央の顔が、目が見られない。 「家には、お年寄りだけやしっ」  俯いて言い連ねる。  ごめんなさい、ごめんなさい。すごく嬉しいのに。『無理』なんて素っ気なく拒絶して、ごめんなさい。 「お母さんが居ないから、お父さんのことだって心配で……」  私みたいな田舎の子に、最高に幸せな言葉をくれたのに。あんなに焦がれてた『本命』にしてくれてたって教えてもらえたのに。  このまま死んでもいいくらい嬉しくて堪らないのに。  私は、あかんのよ。零央に釣り合える人間じゃないの。 「だから、どこにも行かれ……っ、んっ」  視界が変わった。  見つめてたのは地面。なのに、今、見えるのは、熱い唇を強引に押し当ててくる人。  綺麗な黒髪の、大好きな人。 「んっ……れ、おっ」  言葉を発したいのに。もう何も言わせないとばかりに、覆い被さるようにキスが続けられる。 「……っ、は……」  諦めて抵抗するのを止めると、やっと力を緩めてくれた。 「お前は黙っとけって言ったろ? もう忘れたのか?」  あんなに強引だったのに、慈しむような表情と、優しく言い聞かせるような囁きに、強張っていた身体から力が抜けていく。  優しい。嬉しい。  嬉しいけど、この温もりは受け入れたら駄目。 「でもね、私……」 「全部、知ってる」 「え?」 「病気のことも。胸の手術痕のことも。教授が全部話してくださった」 「……それ、いつ?」 「んー? いつでしょう?」  小首を傾げて綺麗に微笑まれた。  ねぇ? その台詞で、なんでドヤ顔なん?  あと、うっかり流しかけたけど、全部話したって……私のことを? お父さん、何考えてるの? 「――捕まった」 「は?」 「奈良に来た初日、お前と芋掘りしたろ? あの時に、捕まったって思った。同時に、もう離れられないとも気づいた。ぶっちゃけ、ひと目惚れだ。だから、その日のうちに教授に俺の気持ちを伝えた。承諾はもらえなかったけどな」  その日のうち、とか。ほんまなん?  お芋掘り、確かにしたけど。あの時はふたりとも土まみれで、そんなムード皆無よ? どこに『ひと目惚れ』の要素があったの?  告げられる言葉を消化しようと零央の目を見つめるも、脳内は疑問符で埋め尽くされていく。ぶっちゃけ、大混乱っ。 「昨夜、教授に呼ばれて。そこでお前の疾患のことを聞かされたんだ。俺の気持ちが変わらないことを確認してもらって、ようやく許してもらえたよ」  ふわりと、綺麗な笑みが落とされた。それに引き寄せられるように、自然とその胸に身体を預ける。  あぁ、あったかい。  ねぇ、零央。聞いてくれる? 私がずっと心に秘めてきた想いを。 「零央? 私……私ね? 今まで自分のこと可哀想とか、卑下したりしたことはなかったけど」  零央になら言える。だから、聞いて? 「零央に出逢ってからは、健康なら良かったのにって何回も思った。そんなこと考えても無駄なのに、何回も」 「馬鹿だな。それは、お前の全部を丸ごと好きな俺への挑戦か?」 「零央……」  自信ありげな不敵な笑みが、どうしてこんなに優しさで満ちてるんだろう。 「泣くな。口塞ぐぞ」  触れるだけの口づけが、どうして、こんなにも私の全身を温めてくれるんだろう。 「零央、好き」 「ふっ、やっと言ったな。初琉――――愛してる」  生まれて初めて告げた愛の言葉に、同じ想いを返してもらえた。  甘く柔らかな零央の声が、耳元から蕩けるように全身に広がる。えもいわれぬ歓喜が、じわじわと心を満たしていく。  いつも諦めてた。  人並みの幸せを得ることを、どこかで諦めてる自分がいた。  零央、ありがとう。私と出逢ってくれて、ありがとう。  あなただけを、愛してる――。
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