第1章

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 四月、松浦の課に配属される前、宮倉は海外営業部にいた。  海外営業部、海営は他社から引き抜かれた人間も在籍するいわばエリート集団で、海外の企業、研究機関等との取引が主な業務になる。  もともと小さい工場から始まった浅沼金属は精密部品の高い完成度で信用を得て大きくなった企業だ。  それまで国内受注だけだったが、海外企業への営業活動に踏み切る為十二年前新設されたのが海外営業部だ。  新設の際海外企業相手に交渉の出来る人材が必要だった為色んな分野の交渉担当者を引き抜き人員を揃えたと聞く。  語学力、交渉力はある人物が顔を揃えたのだけれど肝心の金属加工や精密器機への知識が足りず、そこをカバーする為、既存の営業部が海営を補佐する形で海営と工場の間に入りやり取りを担当することになり、それが今も続いている。  当初の力関係がどんなものだったのか松浦の知るところではないが、海営の上から物を言うような風潮と、自分より年配の海営嫌いを鑑みると均衡は取れていなかったんだろうと思う。  とは言え海営所属の自分の同期や後輩は不遜な態度をとる事は無いし、  松浦が入社した時は海営の新人も一緒に社の扱う商品の種類や金属関係、加工関係の知識を叩き込まれた。  今は、営業を介さず工場とやり取りしている人間が半数を占めているのではないだろうか。  宮倉もそんな中の一人だった。  白井は別れ際も、「ま、あんま気にすんな」と言ってくれたけど、やっぱり気になる。  白井の言うような変なプライドがあるとはあまり感じない。  かといって絶対ないとも言い切れないけれど。自分と宮倉は上手くやれている気がしない。  こちらの緊張が伝わってしまうのだろうか?  自分自身は他のメンバーと変わりなく接しているつもりだし、その事に物凄く気を使っている。  まぁそれは所詮こちらが出来ていると思っているだけだし、そもそも海営にいた有能な男だから自分の下につく事自体、嫌だったのかもしれない。  いけないと思いながらまた一つ、吐息がせつない音を立てて溢れ落ちる。
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