第1章

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 俯いた頭の先からばたばたと慌ただしい足音が聞こえる。  顔を上げると、さっき宮倉が出ていったドアから瀬戸が出ていった。  入社二年目の瀬戸は昨年松浦、白井、山下が所属する課に新人研修を終えて配属になった。  当時の、この三課課長から教育係に指名された山下が一から仕事を叩き込み、今年四月からは白井から引き継いだクライアントを一人で担当している。  よく喋る男だけど愛想がよく、根気もある。  スーツが浮いて見えるのは年齢を知っているせいだろうか。瀬戸の後ろ姿を見ると、自然に頬が緩む。    昼食から戻り、課のドア横にあるホワイトボードを確認すると、宮倉は志水工場から直帰になっていた。  また一つ、松浦の口からため息がこぼれ落ちた。  手元の書類を片付けてふと時計を見るともう10時を回っていた。  辺りを見回すと自分と、他課の二人がパソコンに向かっているだけだった。  帰り支度を済ませ一階の裏口へ向かう。この時間はここからの出入りしか出来ない。  最近入った若い警備員から「お疲れでーす」と声をかけられた。  残業続きですっかり覚えられたようだ。  挨拶をして細い裏口から外に出た。  面した細い路地は表通りの明るさとは対照的に暗く、一歩出た途端にビル風が横を吹き抜けた。  風に身を震わせながら松浦はバス停へと急いだ。  定時に来たことがないバスに揺られながらぼぅっと外を眺める。  枝だけになった街路樹が寒々しく視界を横切っていく。  さすがに11月も末になると気温が落ちる。  風が冷たかった、強張った指先を擦り合わせながらまた窓の外に目を向けた。  外を流れる光が進むほど少なくなる。  冬は人恋しくなるらしい。白井が四年前までよく言っていた。
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