第1章

12/23

647人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
 自分はあまりそういう感情を持ったことはない。  今もよく分からない。  誰かと一緒にいるのはそんなにいいことなんだろうか。  何を見る訳でもない目に、窓の外は確かに冬に向けて変化している姿が写った。  自宅マンションまで約五分のバス停で自分の前に降りたサラリーマンは「寒っ」と言いながら逆方向に歩いていった。  通りを一つ曲がるとその先に15階建てのマンションが見えてくる。  そのマンションの15階が松浦の住む部屋だ。  家賃は払っていない。  十年程前に県議会議員の父が税金対策に購入したもので、今は名義も自分になっている。  松浦家は地元で多くの土地を所有する地主の家系だ。そして代々不動産業を営んでいる。  松浦は兄が二人、姉が一人おり家督を継ぐのは長男で、父の地盤を継ぐのは次男だ。  玄関を開けると無人の部屋は当然静まり返っているし、真っ暗だ。  なんとなく、電気をつけずにリビングを通りすぎてベランダへ出た。  手すりに手を置こうとしてバックを持っていることを思い出し、ガラス窓を開けた縁に置いた。  高いところは苦手だ。歩道橋もなるべく避ける。  だからここからしっかり景色を眺めるなんて今までしたことがなかった。  厚目に取られたベランダの外壁に手を置き下を覗きこんだ。  身を乗り出さないといけない、結構危険だ。  マンション隣の側道が右に見えたけど人通りはまばらで、サラリーマンしか通らない。  ふと自分は何をしているんだろうと我に帰った。  ここからカップルがイチャイチャしながら通る様でも見れば自分も白井のように人恋しくなるんじゃないかとちょっと思った。  それがスタンダードな感覚なら、自分もそれを感じたかった。  でも人恋しくなってなにかいいことがあるってわけでもない。  自分のしている事が少し馬鹿らしくなった。  
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

647人が本棚に入れています
本棚に追加