第1章

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 甘い炭酸の余韻が苦味の発泡で喉の奥まで綺麗に流された。  アルコールに弱い自覚がある。  大量に飲み込んだ液体が頬をじんわり赤くした。松浦は缶を握ったままリビングの右扉の先、自室の本棚に向かった。  10畳の部屋にはキングサイズのベッドと本棚しか置いてない。  壁にベタ付けしてある本棚の一番下、左端に立っている高校の卒業アルバムを取り出し、松浦はそのまま床に座り込んだ。  何か不安に感じるといつもこれを引っ張り出してしまう。  目当てのページを開くと松浦は深く息をついた。  絶対に忘れることはないと思っていたのに、近頃写真を見てああ、こんな顔だったな、と思い出すようになった。  指で個人写真の緊張感漂う硬い表情をなぞる。  この人を好きになって、自分の全てがおかしくなった。  いや、彼のせいじゃないのは分かっている。  自分がおかしいんだ。  彼は高校一年の時、同じクラスになった背の高い肩幅の広い人だった。  冷たい感じの顔が笑うと目が弓なりで子供の笑顔になる。優しくて、野球が大好き。頭は普通以下。  彼には中学の頃から付き合っている彼女がいた。  彼はどんな風に彼女と過ごすのだろう?  どんな風にキスをする?  甘く囁きながら、あの手が自分を触ったらどんなに…授業を受ける彼の背中を見ながら何故かそんな事を考えてしまう。  最初、自分がどうして彼にそのような、まるで恋をしているような感情を抱くのか分からなかった。  男性が恋をするのは女性と決まっている。例外があると知ってはいるけど主流はこっちだ。  自分はちょっと混乱してるんじゃないかな、これは恋愛感情じゃなくてただ男として憧れているだけなんだと思おうとした。  自分の気持ちに蓋をして、目を覆った。  気がつかない振りをした。  クラスで一番人気のある女の子を自分も好きになろうと真剣に観察してみたりもした。  でも彼の背中に感じる甘い衝動はいつまでも否定出来るような軽いものではなかった。  彼の声を近くで聞きたい、たくさん話をしてみたい、隣に並んで歩いてみたい、触ってみたい、そして触られてみたい。  それはもう、友情や憧れの括りには入れられない感情だった。  募る欲求とはうらはらに、松浦は彼に近寄ることが出来なかった。  怖かった。
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