第1章

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 自分がなにがしかの罪を犯しているような気持ちがして、彼への想いと同じかそれより大きい罪悪感で彼を正面から直視する事が出来なかった。  言葉を交わすこともほとんど無く、高校を卒業した。それ以来、彼とは会っていない。  自分自身を認めて行動すれば、何かが違っていたのかもしれない。  でもそんな勇気はなかった。  両親から地元の大学へ進学するよう強く指示されていたが地元大学の入試は適当に解答し全て落ちた。  地元にはいられないと思った。  誰かに知られたら生きていけない。何より家族に絶対に知られたくない。  体面を重んじる母親には、絶対に。  秀でてなければならないとあれだけ教えられたのに、自分はもう普通の人間ではなくなってしまった。  後ろめたい気持ちでいっぱいだった。男に欲情する自分が嫌だった。  何よりも普通でさえいられない自分はなんの価値もないように思えた。  東京の大学に進学して、普通を装って生活した。  二つ上の、同じサークルの先輩に告白されて付き合ったこともあった。  積極的な女の人で明るくて美人だった。  サークルの中でも話しやすい、好印象の人だったのに、初めてのデート手を握られて吐き気がした。  手が触れ合う、その感触が気持ち悪かった。  我慢して我慢して、その日はなんとか乗り切ったけれど、もう付き合えないと悟った。  潔癖症ではないはずなのに、と、自分の反応に自分が一番驚いた。  確かに先輩を好きではなかった。  でも嫌いでもなかった。  好きになれるかもしれないとさえ思ったのに。  自分は人と付き合うこと自体無理なのかもしれないと思った。  誰かと恋をして付き合ってみたいと思ったことはない。  男同士で付き合うなんて、そんな大それた事が自分に出来る筈はないと思う。  もし告白して、仮に誰かと付き合える事になっても、付き合い続けることは無理だと思う。  後ろ暗い関係を続けていけるほど自分は強くない。多分。  自分には無理なんだなぁと思うと何か少し気が楽になった。  普通、年頃になると皆恋人を欲しがる。  自分もそうでないといけない気がしていた。  それが『普通』だから。
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