第1章

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 恋人が欲しいと思えば自分の相手は男になり、それは自分にとって後ろめたい、秘さなければならないことになる。  でも無理だと思えば、いい。  恋愛感情さえ切り取って捨ててしまえば、自分はそこいらの人と変わらない。  呼吸して、食事して、働いて、生きている、『普通』の人と。   これで自分は『普通』になれた思った。   それから自分のすべてが勉強になり時を経て仕事へとスライドした。  がむしゃらに仕事をした。そこでしか自分の価値が量れない。  松浦は幸いにも社内の人間にときめきを感じることはなかった。  初恋以来、恋をすることはなくそれは松浦の中で恋愛感情を殺せている確かな実感となっていた。  そんな松浦に転機が訪れた。  三年半前、忘れもしない長引く梅雨がようやく終わりを告げた快晴の日。  松浦は海外事業部に引き継いだ案件の資料を渡しに階上のオフィスへ向かうエレベーターに乗った。  もともと渡す必要はないとよけられていた物だった。  しかし松浦は個人的に古い資料まで目を通したい方なので渡した方が良いのではないかと判断し、海外事業部の担当者に聞いてみると是非欲しいと返答があったので持参するところだった。  この社はもともと松浦が担当していて、それを前年度退社する先輩の仕事を大量に引き継いだこともあり、繋がりの強いこの社の担当は後輩へ引き継がせた。  その当時の話もしたかった。  エレベーターは閉まる寸前、走ってきた人間によって開けられた。  何気なく読んでいた資料から目を上げた松浦は目の前に立つ後ろ姿に心臓が飛び出そうな程に驚いた。  背が高く、肩幅の広い後ろ姿。  薄らいでいた記憶の彼が、目の前に立っているような錯覚を起こす。  激しい胸の動悸に指先が震えた。  今まで見たことがない。この背中の持ち主を。  階数は海営だ。あそこのメンバーはみんな知っている。  ジャケットがないので他社の人間だとは考えにくい。今年の新人。  それしかない。  大好きだったあの背中が至近距離にある。  背中はそっくりだけど、何かが違う。
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