第2章

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 予想外の返事に戸惑う松浦は宮倉の後ろ姿を見ながら首を捻る。  職場で瀬戸や山下と話している、いつもの無表情に感情が乗って楽しそうにしている宮倉を見かけたことがある。さっきの棟森に見せた優しげな笑顔で。  でも自分は……よくよく思い出してみると、この八ヶ月間一度もそんな顔を向けられたことはない。  宮倉の、広い背中を見ながら自分こそ避けられていると感じる。  行く、と言った宮倉にもしかして無理させたんじゃないかと松浦は心配になった。  仮にも自分は上司だった、忘れていた。  でも今更「無理するな」とも気が引けて言えなかった松浦は手にした携帯をまたポケットに捩じ込んだ。  前を歩く宮倉は振り返ってちらっと松浦を見ると、今度は壁の部屋番号を確認し始めた。  目が合って、ドキッとした。  「あぁ、ここですね」  宮倉は扉の前に立ち松浦から取り上げた鍵を鍵穴に差し込もうとする。  松浦も横から見ていたけれどなかなか入っていかない。  「……あれ?おかしいな」  眉をしかめた宮倉が口の中でぶつぶつと言っているものだから松浦は可笑しくなってきた。  「フフ、ちょっと貸して」  宮倉とドアの間に入り鍵を宮倉の手から取り上げるとくるりと回転させて差し込む。  かちゃり、と解錠できた音がする。  「ほら、開いた」  後ろを見ると渋面の宮倉が目を反らした。  「フフフ、宮倉もそんなとこあるんだ」  笑いながら扉を開けると後ろから「コホン」と咳払いしてまだ渋い表情の宮倉が「失礼します」と入ってきた。  (今、普通だった……よなぁ)
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