第2章

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 松浦は自然と緩む頬を感じて引き締めようとするけれど、やっぱり緩む。  外観は洋風なのに部屋は和室で、足を踏み入れると鼻孔をくすぐる畳の匂い。  窓からは建物後方にそびえる小武山の緩やかな山肌が遠方に、手前にはこの宿の整えられた日本庭園風の庭が見える。  荷物を置いた松浦は窓に近寄りぐーっと伸びをした。四月から気の休まらない日々が続き、休日も家でだらだらする生活だった。  「ああー、山はいいなあー」  「……そうですね」  誰に言うでもなく呟いた言葉に返事が返ってきた。  後ろを振り向くと座卓で宮倉がお茶を入れていた。  「お茶、どうぞ」  「あ、うん、ありがとう」  相変わらず無表情でお茶を差し出した宮倉は松浦を見る事なく自分に寄せた湯飲みをじっと見ていた。  松浦もじっと手元を見る。  (宮倉が、お茶を、み、宮倉が……)  あまりの事態に言葉を失っていると目の前の宮倉がぽつりと言った。  「白井さんと仲がいいんですか?」  湯飲みを見たまま小さく言う宮倉に松浦は味わいながら飲んでいたお茶を置いた。  「同期だよ。仲は……悪くは、ない、かな」  「……そうですか」  しんと沈黙が訪れる。  「あ、お菓子、これ、美味しかったよ」  茶托に置かれた干菓子を進めてみるも「いえ、結構です」と言われてしまった。すすめた手前、松浦は干菓子を口にいれた。  もぐもぐと口を動かす松浦をちらりと見た宮倉はまたすっと目を反らす。  ドキッと胸が跳ねる。  目が合うと心臓がバックンバックンと騒がしくなり血が沸く。  裏を返すと目さえ合わなければ少し緊張するくらいで何とか会話も出来そうだ。  (見なきゃいいんだよ)  個室に二人だけのシチュエーション  それが訪れる事は簡単に予想できたので何度も頭でイメージトレーニングをしてきた。  しかし、……いや、やはりと言うべきか、生身の宮倉が正面に存在しているというのは…かなり息苦しい。  松浦は緊張して干菓子の包み紙を折り畳んでは伸ばし折り畳んでは伸ばした。
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