第2章

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「ええと、……もう、行こうか」  「……ええ」  眉間に皺を寄せる宮倉を急かし、自分はタオルと浴衣を手に部屋を出る。  本当は自分の言った、何に引っ掛かったのか聞いてみたかった。  宮倉が思うことを知りたいと思う。  何を見て、何を思うのか。何が好きで、何が苦手なのか。  でも……聞けない。  情けないけれど顔を見ては話すことすら出来ない松浦には、中身の薄い会話で精一杯。  松浦から遅れて玄関を出た宮倉が持っている鍵で扉を閉めた。  「どっちに行きますか?」  「うーん、内湯にするよ。露天は宴会の後にしようかな、今行くと寒そうだし。宮倉どうする?」  「内湯に行きます」  「あ、ああ、そう……」  隣に並んで歩く。  絨毯敷きの廊下はそう広くはなく、大人が並ぶと三人が限界だろう。  自然に距離が近くなる。  宮倉に一番近い右腕の外側が妙に過敏になっている。  「……飲んだ後は湯に浸からない方がいいんじゃないんですか?」  「ええ、温泉来てるのに?ちょっとなら大丈夫じゃないかな?そんなに飲まないし……」  ふと横を見て慌てて顔を正面に戻した。  ほんの少しだけど、業務上の報告や連絡とは違い個室に二人だけの時間を過ごした。  背中を眺めていた期間、そして四月から今に至るまで松浦にとって宮倉はどこか遠い存在だっただけに、短時間だったけれど少し距離が縮んだ気がした。  嬉しいような、それでいて都合が悪いような……  側にいるのが少し馴れ、するすると言葉が出るようになってきたと思う。  「…そういえば松浦さん飲めるんですね。いつも飲まないから酒が苦手なのかと思ってました」  「……苦手じゃないよ。むしろ好きなんだけど、白井が飲むなって言うから」  「白井さんが?……何でですか?」  「酔うと絡むから止めとけって、自分では分からないけど酷いらしいんだ。だから普段は飲まないようにしてる」  「……そうなんですか」  宮倉はそう言いながらふうっと息を吐き出した。  「……な、何?」  「なんでもないです」  ため息をつかれたので横を歩く宮倉をちらりと見てみたけれど、頭ごと窓に向けていた。  それからは話し掛けても宮倉は押し黙って頷くくらいで、暗い雰囲気のままエレベーターに乗り込んだ。
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