第1章

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 社員旅行自体が嫌な訳じゃない。部屋が問題だ。  部屋割りのくじがこの営業三課に回ってきたとき、松浦はあいにく席を外していた。  社に戻ったときにはすでに決定し提出されていて、よりによって宮倉と二人部屋になったと山下に聞かされた。  クジの結果によっては四人部屋の課もあるっていうのに、どうして今年は二人部屋で、どうして宮倉と同室なんだろう……。  さっき見た横顔を思い返すだけで胸がカッと熱くなり、松浦は持っていた書類をぎゅっと握りしめて顔を俯けた。  「課長、澤田精機に行ってきます」  低い声にはっとして頭を上げると宮倉が松浦の横に立っていた。  気がつかなかった。気配がしなかったと云うよりも考え込んでしまっていた。  もしや頭の中を口に出してはいなかったか、と松浦は青くなったけれどちらりと目を上げた先の無表情を見ると杞憂だったようだ。  「ああ。……宮倉、澤田の報告来てなかったけど」  小さく咳払いをした松浦は手元の書類にまた目を落とた。  「あれは志水と四課に話通しました。……特に報告の必要はないと判断しましたが」  「そう。でも通ったからいい、という問題じゃないと思う。これからはきちんとあげてください」  「……わかりました」  今までの仕事振りから比較的感情のブレが小さいと思われる宮倉は、声色も大抵一定でなかなか考えを読み取れない。  視界の端にある黒いスーツは話が終わったにも関わらず動かずそこにいる。  「……ああ、もう行っていいよ」  「はい」  俯いたまま小さくため息をついた松浦を宮倉は一瞬足を止めて振り返ったが目を細めただけで踵を返した。  180を越えていると思われる、上背のある宮倉は短い黒髪に目鼻立ちの整った色男で、服の上から見ても締まった身体に黒いスーツを纏わせているものだから更にスタイルが良く見える。  宮倉の後ろ姿が扉の向こうに消えるまで見送って松浦はさっきの会話を頭の中で反芻した。  おかしい事は言っていない。分かっていても確かめないと不安になる。  表に出したい感情じゃないし、職場での自分は信じているけれど宮倉が側に寄るだけで緊張する。  もうこの課に配属になって半年以上経つのに少しも慣れない。
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