第2章

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 「そろそろ時間ですね」  座椅子に座りテレビを見る松浦に、窓辺の椅子に腰掛けている宮倉が読んでいた本を閉じながら言った。  「ん?、ほぅだね、」  座椅子にぺたんとお尻を付けた女の子座りし、重ねておいた手の甲に顎をのせ松浦はくったりとしてテレビを見ていた。  「……その飴、早く噛んでしまってください」  「はぃ」  過度の緊張と長時間の運転、その後の入浴で疲れはてた松浦は最初こそぴしっと座っていた、が、宮倉が窓辺の椅子に腰掛け本を捲り始めると座蒲団を二枚重ねその上に転がった。  気がつかれないよう、さりげなーく宮倉が何を読んでいるのかチェックしようと窺うけれどなかなか雑誌の表紙が見えない。  早々に諦め欠伸をしながらテレビを見ていると、足をバタバタさせるな、と宮倉に怒られた。  しゅんとした松浦は座椅子に座り、坂下に貰った棒つき飴を口に入れテレビを見ていると音をたてて飴を舐めるなとまた怒られた。  (宮倉って………ちょっと口うるさい、知らなかった……)  仕事上での宮倉しか知らない。  細かくデータを取る辺りは慎重さの現れだろうが無駄を嫌い日本人特有の遠慮や配慮に囚われない仕事振りからは豪胆な感じは受けても神経質とは結び付かなかった。  見ているだけで知ったような気分になっていた自分が少し哀しい。 棒を引っ張ってそーっと口から飴を出すけどまだ結構大きい。  噛めるかな?そう思いながらまたゆっくり口に入れる。  (宮倉の事、なんにも知らないんだよなぁ)  松浦は小さく息を吐いた。三年と八ヶ月、背中を見続けても、八ヶ月、同じオフィスにいても知らなかった宮倉にこの何時間で垣間見れた。  母親のように行儀にうるさい宮倉が松浦の中の宮倉像に上書きされる。  たった一つでも知ることが出来た、その事が波紋のように胸の奥へと押されて広がっていく。  もっと知りたい。 もう少し知りたい。  でもそう思うのと同じくらい、知りたくないとも思う。  知らなくていい。見ているだけで十分じゃないか、と。  ゆっくりと広がる波はいつまでも胸を揺さぶる。  奥底の白い繭まで小さく揺れた、そんな気がした。
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