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昨日、松浦は帰りのエレベーターで営業一部四課課長の白井邦明(シライクニアキ)と乗り合わせた。
白井は今年の四月、松浦と時期を同じくして課長職に昇進した同期で、四月以前は同じ課で仕事をしていた。
それまで週に一度は連れ立って社付近の居酒屋に立ち寄る程だったけれど、お互い課を任されるようになってからは足が遠退いていた。
行きつけの居酒屋に誘われ、特に用事もない松浦は二つ返事で誘いに乗った。
その店はビルに挟まれた細い路地の奥にある。
暖簾だけという質素な店構えの居酒屋は外から見るととても流行っているように見えないし、開店してるかどうかすら疑える程ひっそ りとして見える。
社から徒歩五分の場所にあるのに、松浦は白井に誘われるまでその店の存在を知らなかった。
しかし店内に一歩足を踏み入れると客の話し声、香ばしい匂いにあふれいつ来ても満席に近い。
今日はどうかな、と先に店に入った白井の影から顔を出すとやはりカウンターも一席しか空いていない。
「あら、白井さん久し振り」
恰幅のいい女将がカウンターから白井に声をかけた。
「前ちゃん、いっこずれてくれる?……ありがとう。ほらここ」
常連と思われる前ちゃんは五十がらみの中年で、「はいよ?」と言いながら隣の席によいしょと移った。
「あざっす」
白井が座りながら声をかけると前ちゃんはにやりと笑いビールを煽った。
「相変わらず繁盛してるね」
「あらぁどうも。ほら松浦さんも座って」
キョロキョロと周りを見回す白井におしぼりを差し出しながら女将は後ろに立っていた松浦に笑いかけた。
「はい、じゃあ……」
白井の隣に腰を掛け松浦は女将が差し出したおしぼりを受けとった。
「俺、生。唯人は何にする?」
「僕は……」
ちらりと白井を見る。
「まあ一杯くらいならいいんじゃねーの?」
「うん、じゃあ生」
おしぼりで顔を拭く白井を横目で見る。
白井はネクタイ一つとってもブランドにこだわるお洒落な男なのにたまにこういうことをする。
「あのさ……、それ、おっさん臭いよ」
「は?……そっかな」
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