心霊ファイル:真心をこめたお見送り

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***  無言で自宅の扉を開けると、居間から母親が血相を変えて出てきた。 「お邪魔します」  香織さんは丁寧に、頭を下げたのだが―― 「優斗、お前……失敗したのかい?」  おっかない顔して、いきなり自分が使ってる数珠を取り出した。 「お母様、優斗くんは大丈夫だと言ってます」 「お、かあさま……?」  激しく顔を引きつらせて、俺を見るその目が冷たいこと! 絶対によからぬことを考えているだろうな。 「お仏壇のある部屋は、こっちかしら?」  靴を脱いでキレイに揃えてから、可愛らしく歩いて仏間に恐るおそると入って行く。これまでの言動について、自分ではどうにも出来ないので黙ったままでいた。 (仏壇の蝋燭に火をつけて、線香を……) 「分かった。その後はお数珠を出せばいい?」  俺の指示通り、てきぱきと動いてくれる香織さんを、母さんは背後から見守っていたようだった。  姿勢を正して正座をし、数珠をかけて両手を合わせる。  香織さんをきちんと送り出してやらなければ。ここからが俺の正念場だ。質のいい浄霊を心を込めてしてあげよう。  やがて目の前に、いつもの霧が立ち込める。そしてゆっくりと香織さんがその中に姿を現した。   『優斗くん、私のお願いをきいてくれてありがと。忘れないよ』  今まで見た中で、飛び切りの笑顔で微笑みかけてくれる。 「香織さん、俺……」 『ん?』  君のその笑顔を見たときから、ずっと――  香織さんの笑顔を見た瞬間に、自分の気持ちに気がついてしまった。彼女の優しい心に触れて、尚更気持ちが傾いてしまって。 「俺……俺も忘れないから。香織さんが弾いてくれたメロディと一緒に、ずっと覚えておくよ。だから」  鼻の奥がツンとする。胸の中が痛くて堪らない。 「いってらっしゃい。気をつけてね!」  泣き出してしまわないように元気よく告げたら右手を何度か振り、背を向けて逝ってしまった。少しだけ、寂しげな頬笑みを湛えながら――  俺の涙が頬に伝った瞬間に、目の前の霧が晴れていく。
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