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「は?」
彼女は、またもや自分でも気づかないうちに立ち上がって、深澤を睨みつけた。暖炉の赤い炎が彼女の頬に映って、メラメラと燃えている。
「藤堂真悠子!あの女が主人をそそのかして、あたしと別れさせようとしているのね!」
「・・あの・・あの・・奥様・・」
ついさっきまでの上品なセレブ妻が一変、阿修羅のような形相で自分を怒鳴りつけている。豹変した七十六キロの迫力に圧倒されて、気弱な弁護士は小刻みに震えだした。
「奥様・・どうか、落ち着いて・・落ち・・おち・・」
「そうはいくもんですか!あたしは絶対に別れませんから!」
彼女は手にした離婚協議書をビリビリと破いてボールのように丸めると、深澤の顔めがけて投げつけた。
たいして痛くもないのに、深澤は「きゃあ」と悲鳴をあげる。
「帰ってください!」
オロオロと逃げ惑う深澤の情けない態度が、また腹立たたしかった。
「帰って主人に伝えて!浅井和哉の妻は、このあたしです。死んでも、夫を真悠子になんか渡さないと!」
「でも・・」
「帰れと言ってるのよ!」
美麗はさっきまで背中をあずけていたいたクッションに手を伸ばした。その動作を見たとたん、深澤は
「わ、わかりました、帰ります、帰ります」と、残りの書類をあたふたと鞄に戻した。
妻がクッションに手を伸ばしたら要注意、と和哉に言われていたのだろうか。
「ほ、本当に、すみませんでした、夜分に、失礼しました。ごめんなさい、ごめんなさい」
気の毒な弁護士が決死の思いでリビングから脱出すると、彼女は手にしたクッションを、閉まったドアめがけて思い切り投げつけた。
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