<2>危機

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 二日後。  和哉の会社の顧問弁護士、深澤誠一(フカザワ セイイチ)がDNA鑑定専門業者を連れて、美麗のもとを訪れた。 「奥様、どうかお気を悪くなさらないでください」  鑑定の立会人としてやってきた深澤が、申し訳なさそうにへこへこと頭を下げた。  深澤は五十代半ばの実直だが気弱そうな人物で、美麗も何度か言葉を交わしたことがある。顔も体格も貧相で影が薄く、会社では和哉の言いなりでギリギリ法律に引っかかるようなこともするため、社員の間では”社長のポチ”と呼ばれていた。 「最近では、企業のオーナー様や資産をお持ちのご家庭では、よくあることなのです。出生前に鑑定されるケースもございます。後々のトラブルを未然に防止するための準備と、お考え下さい」 「気を使っていただかなくて結構よ、深澤さん」  美麗はフフンと余裕の笑みを浮かべながら、目の前の二人の男を見た。少しでも後ろめたい気持ちのある女なら、この二つ並んだ黒いスーツ姿は、まるで死刑執行人のように見えるだろう。でも、自分には一点のやましさもない。これで和哉の疑いが晴れるなら、お安い御用だ。  必要な書類上の手続きを行ったあと、美麗はいまだに登園拒否を続けている娘をリビングに呼んだ。 「悪い病気が流行っているから、保健所の人がお口を消毒してくれるのよ」  そう言いきかせて、麗華の口腔粘膜を採取する。採取した試料を業者がその場で封印するまでの様子を、深澤が息を止めるようにしてスマホで録画した。 「本日は、お忙しいところを誠に申し訳ありませんでした」 「二週間以内に、結果をご報告できると思います」
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