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幼稚園が春休みにはいっても、和哉から連絡はなかった。美麗が送ったメッセージは既読になるが、返事は来ない。
――どうして、連絡をくれないのかしら。
麗華が間違いなく自分の子供だと証明されたのに、なぜ夫は家に帰ってこないのだろう。真悠子との別れ話がもつれているのだろうか。
イライラが募る美麗のスマホに、やっと和哉から連絡があったのは、四月初めのことだった。
”今晩、大事な話があるから必ず家にいるように”
という短いメッセージを見て、美麗はホッと胸をなでおろした。
――ついに、家に帰ってくれる気になったのね。
きっとあの女が、金づるになる夫を引き止めていたに違いない。顔と体で人のダンナを横取りしようなんて、本当にタチの悪い女。
でもまあ、無事に夫が家に戻ってくれるのなら、今までのことは水に流してあげる。今年は麗華のお受験もあるし、あまり揉め事は起こしたくない。
資産家の夫と貞淑な妻と、名門私立幼稚園に通う一人娘。しばらくの間ハリボテだった”理想のセレブ一家”が、今夜からまた本物に戻るのよ。
久しぶりの夫の帰宅に備えて、彼女は夕食後、いつもより時間をかけて入浴し、念入りに化粧をほどこした。
だが、十時過ぎにやっと姿を現したのは夫ではなく、顧問弁護士の深澤だった。
「夜分に、あいすみません、奥様」
「あの・・主人は?」
「社長は大事な会議があって、どうしても抜けられず・・・私が参りました」
へへーっとかしこまる深澤を見て、美麗の心に疑惑の念が持ち上がった。
――この時間に会議って・・・まさか、また真悠子と?
だが、この男に訊くわけにもいかない。訊いたところで口を割るとも思えない。
「そうでしたか。どうぞ、こちらへ」
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