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平静を装って、美麗は深澤をリビングへ招き入れた。久しぶりにパパに会えると、眠い目をこすりながら待っていた麗華は、がっかりして二階へ上がっていった。
「なにか、お飲みになる?」
ホームバーから声をかける彼女に、深澤は
「いえいえ、お構いなく。私は車で来ておりますので、はい、すみません」と、先日のDNA鑑定の時よりも、更にかしこまった様子で答える。
美麗は緑茶を盆に乗せて運ぶと、深澤と向かい合って座った。
「実は少し困ったことがありまして、奥様にもいろいろとご協力していただきたいのです」
そう言いながら、弁護士は黒い鞄の中から書類の束を取り出して、テーブルの上に置いた。
深澤の真剣な様子に、いったい何の話だろうと美麗はテーブルに視線を落とした。そして一番上の書類に書かれた文字を逆さまから読んだ瞬間、頭の中が真っ白になった。
――離婚協議書?
思わず、その薄っぺらな紙切れを掴んで、最初の数行に目を通す。
『第1条
浅井和哉(以下「甲」という)と、浅井美麗(以下「乙」という)は、協議により離婚することに合意した』
「・・な、なんですか、これは」
「奥様、私の話を最後まで聞いてください」
「『合意した』って、どういうことよ。あたしは何も聞いてないわ。なんにも合意なんかしてないわ」
二枚目の書類には『財産分与契約書』の文字。その下にはテレビドラマで見たことのある、緑色の『離婚届』の用紙。
自分の知らないところで、とんでもない既成事実が進行している。美麗は恐ろしさに、すっかり気が動転してしまった。
「・・・あの女ね」
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