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自宅に来た真悠子の後ろ姿を見送った時、美麗はいつも彼女の足首の細さと、それを際立たせるハイヒールに目を奪われた。
七十六キロにまで太ってしまった自分は、もう細い足首にもハイヒールにも縁がない。
もし、もう一度昔のようなメリハリのきいたスタイルに戻ることができたら、夫は真悠子と別れて自分のもとへ戻ってくれるだろうか・・。
突然、美麗はがばっと立ち上がった。スマホのデジタル時計を見る。表示は "11:50" 。
――間に合う。
小走りでリビングの奥のクロゼットに駆け込むと、一番奥から、もう何年も置きっ放しになっていた薄い板状の包みを取り出した。
一人暮らしのマンションからこの家に移ってきたとき、わざわざバスルームの壁から取り外して大切に運び込んだ、あの鏡。
彼女はホコリの積もった梱包を解いて、四十センチ四方にも満たない鏡を取り出すと、リビングへ戻った。スマホのデジタル時計はもう "11:59" 。大急ぎで鏡をホームバー脇のサイドボードの上に立てかけて、着ていたものを全部脱ぐ、と同時に、正午になった。
「鏡よ鏡、この世で一番みにくいのはあたし、嶋谷・・じゃなくて、浅井美麗です。ブラック・アプロさん、お願いだから出てきて!」
すると、すぐに懐かしい声が聞こえてきた。
「久しぶりだねえ、元気だったかい」
相変わらす美しいブラック・アプロの姿が鏡に映った。人間の女性なら誰でも抱える肥満や老いとった悩みも、この魔女には全く無縁らしい。
「おやまあ、ずいぶん、いい暮らしぶりじゃないか」
魔女は、豪華な家具が並ぶリビングをぐるりと見回して、感心したように言った。
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