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その後も夫の外泊は続き、時々、真悠子が彼の私物を取りに来た。だが、たまに和哉が家に帰ってきても、美麗は決して真悠子との仲を責めることはせず、気づかないふりを通した。
ふたりの間で言葉にさえしなければ、その事実はないのと同じだ。
資産家の夫と貞淑な妻と、名門私立幼稚園に通う一人娘。パンドラの箱を開けなければ、表向きは”理想的なセレブ一家”でいられる。
今まで夫の外泊を咎めたことも、ただの一度もなかった。だが、今日は大事な娘の将来に関わることだ。どうしても話を聞いてもらわなければ・・・。
*
十時半を過ぎた頃、和哉が帰ってきた。久しぶりに自宅の風呂でくつろいだ後、リビングで待つ妻のもとへやってきた。
「麗華がどうしたって?」
ホームバーでタバコを咥えながら水割りを作る夫の顔は、なんだかずいぶん疲れて見える。
「幼稚園で、礼拝中に男の子にからかわれて泣き出したんですって」
「そんなの、よくあることじゃないか」
グラス片手に近づいてきた夫は、妻とは別のソファに腰を下ろした。
「でも、明日からもう幼稚園には行かないと言って、きかないのよ」
「少しぐらい休んだって、大丈夫だよ。どうせ、もうじき春休みだろう」
まるでひとごとのように、和哉はふーっと白い煙を吐く。
「のんきなことを言って・・。秋にはもう、初等部の面接テストがあるのよ。万一、不合格にでっもなったら、どうするの」
「そのときは、公立の小学校へ行けばいいじゃないか」
美麗は驚いて和哉の顔を見た。結婚前はあんなに派手好きで見栄っ張りだった男の言葉とは思えない。
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