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あの幼稚園に麗華を合格させるためにどれほど苦労したか、夫は知らない。
二歳になる前から、その方面で名高い幼児教室に通い、コネをもつ人物に口利きを依頼し、その人物への謝礼と共に幼稚園への寄付金を渡し、合格後は教論やママ友とのつきあいに神経をすり減らし・・・。
それもこれも、全て資産家の社長令嬢にふさわしい学歴を身につけさせるためだ。それなのに夫ときたら、娘のことはほったらかしで、若い愛人と・・。
「あなたにも少しぐらい、子育ての苦労をわかってほしいわ」
「で、麗華は何をからかわれたの」
妻の攻撃の矛先をそらせようと、夫が尋ねた。
「礼拝中に泣き出すぐらいだ。ひどいことを言われたんじゃないのか」
「・・・容姿をけなされたらしいの。名前負けしてるようなことも言われたって」
「なるほど」
苦笑いする和哉の様子に、美麗は不満だった。娘がいじめられたのだから、もっと怒ればいいのに。納得してどうするのよ。
淡白な夫の反応にカチンときた彼女は、つい、昔のことを持ち出した。
「だから、あんなハデな名前はつけないほうがいいって、あたしは言ったのよ」
娘が生まれたとき、『麗華』という名前を決めたのは和哉だった。美麗は自身の辛い経験から「もう少し地味な名前のほうがいい」と反対したのだが、夫は「君に似て華やかな美人に育つに決まっている」と言って、さっさと役所に届けてしまった。
「『麗華』なんて立派すぎるって、あたしは反対したのに、あなたが・・」
「いまさら、そんなことを言っても、しかたないだろう」
今度は、痛いところを突かれた夫がカチンと来た。
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