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結局、船影も見えず、日が沈んだ。
やがて、泣き出す女子供に、項垂れる村の老人、涙をこらえる大人たち。ローガンや他の精鋭たちにはもう会えないのだろうか? そんな思いが彼らの胸を締め付ける。
「もう、やめにはしないか?」
しゃがれた声がした。
「長老……」
「人はもう、かつての繁忙は取り戻せんのだ。100年余りの船出。それももう、収穫を得まい。
かつて、人が住んでいたものとは少しは変化しただろう。しかし、知ってどうなるのだ? 人はもう、ここにいるものだけやもしれん。ここは魔術師殿の結界術によって、隔離されておる。異界の者の手に及ぶまい。
人は人で、彼奴らは彼奴ら。そうやって、生きていくしかないのだろう。
魔術師殿もおっしゃっていただろう? どの道、海路はバケモンの巣窟に成り下がてるようじゃないか? ローガンとも会えぬのだろうな」
「しかし、でも……」
ラックが長老の前に立つ。
「かつて、人間が支配していただけなのじゃよ。今は支配するものの姿が変わっただけじゃ。これ以上、犠牲者が出るのは忍びがたいことじゃ」
「人が生きてる場所があるなら、そこを知ることも大切じゃありませんか?」
語るラックは額から汗を流した。
「魔術師殿の念も届かぬ場所じゃ、死人がぎょうさん出るだけじゃ。もう、人は万といない。妖精のように気取られず穏やかに過ごせるのなら、我らにとっても好都合じゃないかね?」
「……」
言いようのないもどかしさがラックを駆り立てた。
「それに無理をしてまで、魔術師殿はここに我らを置いて下さるのじゃよ?」
ラックは下を向いたまま、港を後にした。
「おい、ラック!!」
クロウとペトは彼の背中を追いかけた。
彼を追い着いたのは島のてっぺん。草原の丘。
月明かりに照らされたラックは、仰向きに寝転がっていた。
二人は目配せし、ラックのそばに立った。
「お前らは、諦めるか?」
弱々しい声でラックは訊ねる。
クロウは首を振った。
ペトは腕を組んで固まった。
「俺は行きたい。世の中を見たい。こんなところで年取って死にたくないんだ。
島なんてどうでもいい」
ラックの目がきらりと光る。狼のように鋭い目つきで、普段の温厚な彼の瞳ではないように感じられた。決意に満ちた野心、そんなモノが垣間見えた。
クロウはそんな彼のそばに腰を下ろすと、点々と光りだす星空を眺めた。
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