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だから、『お前がゼロなら俺はイチだろ。年上なんだし』といういつかの戯言のまま、その男のことをイチと呼んでいた。 「なんでまたイチが拾ったんだよ、俺のこと」 胸の奥からこみ上げてくる嬉しさが顔にも言葉にも出ないように、気を配りながら言い捨てる。 「別に。  死にそうな知り合いを見殺しに出来るほど、冷血漢じゃないってことだろ、単に」 イチの方はいつもとなんら変わりのない穏やかな口調でそう告げてくることが、何故か零を苛立たせた。 「痛み止めはここだ」 既にリンゴと小瓶が置いてある小さなテーブルの上に、イチは一万円札を数枚置くと、じゃあなと言って歩き出した。 零は慌ててベッドから抜け出し、イチの肩を掴む。 このまま前みたいに置き去りにされるのはもう嫌だと、胸の奥の方で忘れ去っていた小さな子供のままの自分が泣きわめいて衝動が抑えられなかったせいだ。 「俺は、タダで金はもらわない主義なんだ」 なるべく緊張を飲み込み、普段の調子で――つまり、普段零にお金をくれる女にいうのと同じ口調で――そう告げる。 長身のイチの表情の変化は、残念ながら零からは見ることはかなわなかった。振り向いたイチはいつもの穏やかな顔で 「覚えておこう」 というと、幼子(おさなご)にそうするように零のやや茶色味を帯びた髪をくしゃりと撫でると振り返ることもなく部屋を後にした。
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