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部屋を後にしたイチの胸に、苦いものがこみ上げる。
彼は知らず、眉根に皺を寄せていた。
――どうして、今更拾ってしまったんだろう。
おととい、たまたま仕事でいつもは通らない道を通って、そこに倒れているゼロに気が付いてしまった。
そんな偶然、なかったことにすれば良かった。
過去は全て捨てなきゃいけない。
今をただ生き抜くために。
頭ではわかっていた。
自分はいついかなるときも冷静沈着にふるまえる人間であると自負もしていた。
それだけの訓練も受けてきたし、そう、育てられてきた。
いつでも仲間を、いや時には自分自身でさえも冷酷に見捨てる心の準備をしているはずだった。
それでも――。
背中から血を流しながら倒れているゼロのことを放っておけなかった。
いつか、自分の甘さを呪うことになるだろうとわかっていても、尚。その、雨に濡れそぼり冷たくなった身体を抱き起すことしかできなかった。
抱き上げたゼロの身体は、まるで魂が抜けてしまったみたいに軽かったし、彼の経歴を知っている以上どこかの病院前に捨て置くこともできずについ――連れて帰ってきてしまったのだった。
もう、二年前とは何もかもが違ってしまったというのに。
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