あの日の思い出

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   その日の朝は、日が出る前に新撰組に潜ませる者との密会から始まっていた。  そこで話したのは、新しく入隊した強者の話。  一番隊の隊長、沖田の元に腰を下ろした……青年の話が主だった。  その者は、高下駄で誤魔化しきれない小さな体をしているらしく。伸びた長い髪は艶やかで、細く麗しい容姿をしているらしい。  まるで、女とも思える容姿であるが、その実力は組で一番だとか。  圧倒的な剣技に、恐ろしくあるのだとか。  更には、目付きが鋭く、口を開けば生意気な言い方をするらしいから、組ではあまり印象が良くないとも聞いた。  潜ませている彼曰く、じきに、脱走も有り得そうだという。  何故なら、その新しく入隊した者には常に監視らしき者が周りを固めているらしく、どことかく周りとの接点を持たさぬように仕組まれていそうな気がするそうだ。  何か、ある。  感じ取ったものをそのまま報告にしてくれた彼と別れた私は、その足で藩邸へと緩やかな風の中を歩いていた。  と、目の前に見えたのは……塀を越えて飛び降りる人の姿。  地についた高下駄。  慣れたように綺麗な着地。  長い黒髪が風に靡き、綺麗な横顔が鮮明に映る。 「…………っ」  足が、止まった。  何故か分からないけれど、動けないほどにその姿から目が離せない。  伸びた背筋には、臆するものが見えないほどに凛々しさが感じられ…知らず知らず開いていた口は閉じるのを忘れたように呼吸を繰り返す。  その青年は、靡く髪をまとめて握った。  そして……、 ーーーーーーーーーーーザッ  私の目の前で……躊躇い無く髪を切り落としてしまった。  その光景を、始まり、と呼ぶのは……私くらいだろう。  どうしようもなく、欲しいという願望が沸く者も……きっと私くらいだ。  ハッとして、その欲に従ったのは、自分の意思。  足を進め声をかけるまでに、鼓動が忙しなく動き出していたこと。  相手が男であっても、その姿が胸を熱くさせたこと。  とはいえ、女の子であったけれど。  例えようもない、直感が私を支配していた。  欲しい。      
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