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でも、早見は言いたくなさそうに視線を彷徨わせる。それがもどかしくて、なあ、と無意識の内に荒い声が出た。
「……怒ってるの?」
少し怯えたように肩を竦めた早見を見て、しまったとハッとなる。
「いや、違う違う! 怒ってないって! ただ気になってさ。そんな物語みたいなことする奴いるがいるんだなって思ったらつい」
慌てて笑顔を作ろうとしたが、見事に作り損なって変な顔になってしまったのが自分で分かる。渇いた笑声に、自分で自分に嫌気がさした。
でも、そんな俺に安心したのか、早見は笑顔になってくれた。
「そっか。怒ってないならよかった。うん、もういっか! 東野君には教えちゃうね。どうせばれちゃったんだし。私ね、南雲君の事が好きなの」
南雲君?
俺の知ってる人間の中に、南雲君と呼べる人間は一人しかいない。この土地でそんなに聞くような名字じゃ無いし、何より、しっかり脳にインプットされているからだ。
南雲隼人。俺の右隣の席の奴の名前だ。
まるで油の抜けた機械のような鈍い動きで、おぞましい物を見るような目でその席を見る。すると早見は、照れたように小さく頷いた。
始業式の翌日から、俺はいきなり登校拒否になりそうだった。脚も気分も重く、まるで身体が石にでもなったようだった。実際、昨日どうやって帰って、家でどう過ごしたかを全く覚えていない。
学校に近付くにつれて腹痛がしてきたような気もする。それでも何とか教室に辿り着いた。扉を開けた途端、ドキリと心臓が高鳴る。いや、ドキリというより、ギクリだ。
自分の席を見ると、その隣には既に南雲隼人が座っていた。
ふわりとした柔らかそうな少し癖のある茶髪に、誰がどう見ても美形だと口を揃えて言いそうな中性な顔立ち。無口でミステリアスな雰囲気のそいつは、ただ本を読んでいるだけで様になっているような気さえした。
ふと目眩を覚えながら、ふらふらと席に向かう。実を言うと、入学してから一度しかこいつと口をきいたことがない。その一度というのが、入学して直ぐの軽い自己紹介のような挨拶だけだった。
南雲隼人は、どことなく話しかけづらい雰囲気だった。
俺は机に鞄を置いたまま座りもせず、しげしげと南雲を眺める。視線に気付いたらしい南雲がこっちを見て、俺は慌てて目をそらした。すると南雲から、まるで鼻で笑うような声が聞こえ、思わず振り向く。
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