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しかし南雲は、笑ったのが空耳だったんじゃ無いかと思わせるくらい静かな顔で読書をしていた。渋面になるのを隠しきれないまま、席に座る。いつもはなんとも思わない自分の席が、丸で呪いでもかけられたように思えた。
早見はいつも通りホームルームの五分前くらいに教室に入る。友達に挨拶をして、席に着く。その時俺を見て、戸惑ったように足を止めて顔を赤くしたのを、見逃さなかった。
「お、おはよう、東野君」
「え? あ、ああ、おはよう……」
それだけ交わしてそそくさと椅子に座り、鞄の荷物を机に移した。早見の鞄には、お守りはついていない。家に置いてきたか、鞄の底にしまわれているのだろう。出来るなら前者であって欲しいと思うのは、俺の心が荒んでいるからだろうか。
落ち着かない気持ちでそんな事を考えていると、音も立てずに南雲が早見の隣に立っていた。いつの間に椅子から立ち上がったのかも気付かなくて、思わず右隣の席と南雲を見比べる。
「おはよう、早見さん」
南雲は涼しい笑顔で、風が流れていくような声で言った。
早見も南雲に気付いていなかったらしく、大袈裟なくらいビクリと肩を揺らし、勢い良く南雲を見上げる。その途端首まで真っ赤になって、口をパクパクと開閉させ、南雲から視線が離せなくなったようだった。
南雲は早見の返事を待つことなく、続ける。
「この前はごめんね、いきなりあんな物押し付けちゃって。昨日謝ろうと思ったんだけど、友達と話したいだろうなって思って遠慮しちゃったんだ」
「そ、そんなことないよ! あの、あれ、ありがとう。あーえっと、その……ありがとう」
早見はいっそ可哀想なほどに狼狽えていた。
「お礼なんていいよ。買ってから後悔してたところだったんだ。いらなかったら捨ててくれていいよ。あ、捨てるのが怖かったら僕の机にでも置いてくれれば僕が何とかするけど」
南雲の言葉に、早見は頭を横にブンブン振って答える。
「そっか、ならいいんだ」
南雲はそれだけ言って、自分の席に戻った。早見はと言えば、まだ首が赤いままギュッと身体を縮めていた。その周りに女子が三人ほど集まりきゃあきゃあと話し始める。
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