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「大丈夫?」
梓が戻って来る僕を目ざとく見つけて隣に立った。
「別に」
そう言いつつも、緊張が解けたみたいにしゃがみ込んでしまった。梓も一緒にしゃがんだ。
「あの人のこと、嫌いじゃなかったんだ」
「知ってるよ」
「図書室で本の話したりするの、ちょっと楽しかったんだ」
「知ってる」
「でも、そんなのあいつらには、言えないじゃん」
僕がされたことを怒り、悲しんでくれるあいつらには。
「嫌いじゃなかったから、辛かったんだよね」
好きだと言ってくれた人に振るわれた暴力は、情けないくらいに僕に爪痕を残した。その後に向けられた好意に、高い壁を作ってしまうくらいに。
「香那」
梓がぎゅっと僕を抱きしめた。
温かい。あの時も、この温かさに救われた。篠木先輩の前に今立てたのは、この温かさのおかげだ。
「今日僕の家に泊まれ。夏夜も司朗のとこ泊まるって言ってたから」
「やったー。明日休みでよかったあ。カナちゃんも休みでしょ? 立てなくなるくらい愛してあげる」
「……望むところだ」
梓に抱きつかれながら腕の隙間から周囲を見てみると、炭酸水にまみれながらへらへら笑う岬の姿が目に入った。
あいつの温かさにも、僕はいつも救われていた。正直弟を取られるようで悔しい気もするが、あいつになら任せられる。
僕にさえ教えなかった呼び名を自分から教えるくらい、千夜を愛してくれてるんだから。
───灯和。
僕には呼ばせてくれないその名前を、心の中で呟いた。
「僕が越えるその壁の向こうに」番外編──岬──
終
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