ここで、蒼と一緒に

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程なくして、二人は小さな公園に入る。 私は内心ほっとしながら自転車を降りる。流石に平日、駐輪スペースはガラガラだ。 「あー、寒かった……」 「ごめんごめん、そういえば風香はそんな恰好だったね」 「うん。汗もかいてるしね、さすがに冷えちゃうかなって」 走ることを失った蒼にとって、自転車はハイスピードの風を感じられる数少ない手段だ。それを理解している私には、彼を止めるのが心苦しかった。 私は鞄から防寒用に持ち歩いているタオルケットを取り出すと、肩から羽織るように体を包み込む。流石に見慣れているであろう蒼の前では平気だが、公共の場で露出度の高い陸上ウェア姿というのも少々恥ずかしいので、あると便利な一品だ。 *** 「不思議な、気分だよね」 キーコ、キーコと、鎖が軋む音が物悲しく聞こえる。 私たちは自らの体を預けたそれぞれの台を前後に振り子移動させながら、沈みつつある夕陽を眺めていた。 「ほんの軽くジョギングしたり、さっきみたいに二人乗りの自転車を下り坂で飛ばしたり、そんな日常の動作ならほとんど何の問題もないんだ。でも、長距離や全力での走りは出来ない。今まで、呼吸をするように行ってきたことが、もう出来ないなんて……ね」 見上げた空へと近づいては、遠のいていく。 軋みを伴って連続する繰り返しの中で、蒼が物悲しさを宿す色で言った。 どこか弱気になっているようにも見える。 公園の寂寥とした雰囲気のせいで、私がそう感じているだけだろうか。 「別に僕は走るのが特別速いわけでもないし、大会で好成績を残してるわけでもない。ただ走って、風を感じていたかった、それだけなのにね」 キーコ、キーコ――ブランコが、僅かなそよ風を生みながら揺れる。私は余計な口を挟まず、ただ立ち漕ぎで斜陽を眺めながら蒼の声を聞いていた。 「何を間違えたのかな……僕が好きだった全力の風は、もう感じられなくなっちゃったな。はは……」 蒼の声が僅かに震える。ちらりと蒼の方を向くと、先ほど屋上で見せた強がりの笑顔ではなく、本心を吐露する痛恨の表情が見て取れた。 何故だか見つめては悪い気がし、私は再び斜陽へと視線を戻した。
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