他人の温もり

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今日、伯父が長い旅から帰ってくるらしい。と、少女は縁側でそう思った。 今の族長には長男、長女、次男の三人の子供がいる。 長女は自分を産んだ後に亡くなった。次男は病弱で、滅多に部屋から出て来ない。そして長男が自分の伯父にあたり、次男とは対照的に活発で恰幅が良く、少々感情的だと聞く。 その伯父はちょうど五年前、つまり自分の生まれた年に旅に出た。なんでも、族長に近しい関係の子供がわたしのような忌み子ではどうにも嫌だと、もう血の繋がりなぞどうでもよいから、とにかく利発で「健全な」、親をなくした子供でも連れてこよう、ということだったらしい。 別に構わない。一族が増えたところで自分の扱いに変わりはない。実の父親にすら忌み嫌われ、生まれて五年も経った今でも名前すら与えられず、まともに頭を撫でられた記憶も、反対に叩かれた記憶も無い。 わたしがいる所は皆神経質に避けるけれど、族長の孫娘という立ち位置のお陰か乱暴に扱われることもない。 そういう意味では、わたしはただの置物同然だ。 わたしは、ふぅと息を吐いた。 いっそ、他の忌み子のように狂って死んでしまえれば良いのだろうか。 実際、自分の前にも忌み子の「眼」を持った人は三人ほどいたと、少なくとも記録にはそう残っているが、全員差別や虐待ともとれる扱いを受けてその苦痛や孤独感から狂死や自殺を遂げている。 乱暴こそされないが、邪険な扱いを受け続けてきたわたしの心は、世慣れた大人とまでいかないながらも醒めた目で周囲を見られるようになっていた。 自分の幼い心の周りを「大人の心」という薄くて硬い殻で覆った、と言っ た方が正しいかもしれない。 その殻で他人に対して自ら距離を置き、自分を差別する一族に対して軽蔑の念を抱くようになってしまった。 そうして、自分を守る術を身につけたのだ。 だがやはり、自分を抱き締められるのが自分しかいないのは寂しく、哀しい。 一度でもいいから、他人に頭を撫でられたい。 その温もりを感じたかった。
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