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彼女と共に生活をし初めてしばらく経っても、なかなか彼女は私に心を開かなかった。
拾ってもらった恩を感じてなのか、私の言うことはどんなことでも素直に聞くが、自分から何かをすることも何かを欲しいということも口にしない。
やっとこの子でV型感染症を上手く着床出来たと言うのに、このままでは私たちの計画の歌手としての成功は有り得ない。
このままでは時間の無駄だと、彼女の処分までも検討され始めた頃だった。
一緒に出かけた時、街角の一つのポスターの前で彼女が立ち止まった。
「エティア?」
私の声も聞こえていない程、食い入るように見ているので私も戻って共にポスターを見るとそのにはあの歌舞伎の名門「五月一座」の公演の告知が。
「気になる?」
「…キレイな人」
今まで殆どのものに興味を示さなかった彼女の素直な感想に、歌への糧になればとすぐにチケットを手配した。
―――そして、あの公演がその後の彼女を大きく変えることになるとは、この時の私には計算出来ずにいた。
それからの彼女はレッスンにも貪欲になり、彼との約束を叶えようと必死になった。
そしてデビューが決まった時に、居場所を作ってくれてありがとうと感謝をされ、その時初めて心の奥底がチクリと痛んだ。
大きなリスクを背負いながらも、それでも私に礼を言う彼女にとっくの昔に棄てたはずの良心が痛んだ。
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