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和也のお母さんと僕は、和也の部屋の前に立った。上品な木でできたドアが不気味だ。何か悪いオーラが、ドアからにじみ出てくるように感じた。部屋には鍵がついているらしい。これが、無理やり引きずり出そうとした和也のお父さんを阻んだようだ。
「和也。お友達よ」
部屋の中からは何も聞こえてこない。和也のお母さんは、もう一度ノックして、同じセリフを繰り返す。すると、
「誰」
と、とても重たい声音だが、確かに和也の声が聞こえてきた。なぜか、あのときの和也の涙が思い出された。
「俺だよ。智樹だよ」
僕たちのやりとりは、お化け屋敷の中でのそれと似ていた。しばらくして、がちゃり、と鍵の開く音がゆっくりと聞こえた。そして、ドアが少し開いて、和也が顔を出した。
和也は、色白だった顔が青くなり、髪はぼさぼさだった。
「和也」
僕は、大きな声でそう呼んだ。それから言葉が高瀬川よりも速く流れ出した。
「和也。ごめん。俺はお前にとてもひどいことをした。謝りたくて謝りたくてしかたがなかった。許してもらえないかもしれないが、謝らせてくれ。ごめん。和也」
しかし、和也はぼーっとした顔だけをドアから少し出したまま、表情を含めた全てを静止させていた。僕は、頭を下げた。そして、和也からの言葉を待った。待つことしかできなかった。しばらく間があった。それから、
「なんで智樹が謝るんだ」
と、不思議そうに、力の無い声が聞こえてきた。しゃべる速さもつぶやくように小さく、ゆっくりとしていた。
「だって、俺のせいで」
「そんな顔するなよ。智樹は何も悪くないじゃないか。悪いのは、大学に落ちた僕だよ」
和也の無表情の顔から、涙が頬を滑り落ちた。しかし、親友として、何もしてやれなかったのは事実だ。
「和也。何もしてやれなくて悪かった。でもな、また来年もある。希望を捨てたらだめだよ」
和也は首を横に振った。僕は言う。
「なぜだ」
和也は、ゆっくりと部屋のドアを閉めた。ここで鍵をかけられたら、終わりだ。そう思うが早いか、僕はドアノブを握り、力いっぱい開けた。和也の怯えたような顔が見えた。部屋の中は、ゴミだらけで、家具という家具が倒され、荒れていた。しかし、一つだけ倒されていない家具があった。それは、部屋の真ん中に移動された机だった。
そして、その上に置いてあるものに、僕はぞっとした。一本の包丁だった。
「和也」
僕の声は震えた。包丁と和也の顔を交互に見た。
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