第1章

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 泣けば泣くほど、和也との思い出は、生々しい記憶になってくるような気がした。しかし、僕は和也を救うことができなかったということが、少しも頭から離れない。  とにかくもう、こんなにも苦しい思いはもうしたくない。しかし、永遠と続く気がする。背中に有刺鉄線でできた十字架をかついでいるようだ。  僕は、死にたかった。実を言うと、もう数日前から、死にたいという思いは強くなってきていた。もうだめだ。死にたいという思いが頂点に達している。そのとき、ふと思い出した。和也から奪い去った包丁が、鞄の中に隠してあるということを。  僕は、何がなんだかわからなくなってしまった頭で、包丁を取り出し、上着を脱いで、腹に突き立てた。腹の肉が、少し陥没した。  さあ、これから僕は、死ぬんだ。包丁を一気に横に引き、死ぬんだ。  そのとき、包丁が、きらっと光った。  その光りは、僕に問いかけているようだった。「生きるのか、それとも死ぬのか」、と。  僕は、気がついた。死にたいという思いが頂点に達していると同時に、生きたいという思いもまた、頂点に達していた。そのせいで、余計に苦しんでいたのだ。  そして、僕は、さらに重要なことに気がついた。和也は、包丁がきらりと光ることがあると言った。それは、このことだったのだ。そういうことだったのか。和也は、受験に失敗し、死にたいと思うまでになった。それと同時に、生きたいという思いも強くなってきた。だから、あの宗教じみた聖域のような所で、机の上に包丁を置き、必死に生死の葛藤をしていたのだ。あのとき包丁を取らないでくれと言ったのは、生きたかったからだ。  僕は、落胆した。救ったつもりでいたのが、僕は和也を殺していたのだ。和也から生死の葛藤を奪い去ったのは、他の誰でもないこの僕だ。  僕のせいだったのだ。やはり、僕のせいだったのだ。  さあ、死のう。僕は人殺しだ。唯一無二の親友を殺してしまったのだ。  僕は、包丁を腹の左側に押し当てた。汗が滝のように流れ、呼吸は速くなってくる。心臓がばくばくいっている。そのときだった。  「ああ、うああ」  と、声が聞こえてきた。僕は、その聞いたことのない声に立ち上がり、部屋の窓を開けた。  すると、、僕の家の塀の向こうに、車椅子を押され、障害者と思われる子どもが、笑顔でうなっていた。
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