第1章

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それからしばらく、歩いた。僕は暑い、暑いとわめきながら。和也は、そんな僕を見てなんだか楽しそうだった。 「勝負の夏だね。皆塾や家で勉強してるんだろうな」 和也は、勢いのある声で言った。いつも真面目なことを言う和也だとわかっていたが、この暑さの中突然そう言われたので、少し僕は気分を害された。 「せっかく塾が終わったのに、そんなこと言うなよな」 僕はぼやき、少し不満そうな顔をつくる。 「お前こそそんなこと、この受験戦争中に言うなよな」 と、笑顔で和也は返してくる。 「受験戦争ね。受験競争だったらいいのにな」 僕は素直に言う。戦争、という言葉は、常に僕の中で引っかかっていた。同い年の仲間たちと、青春のさなかで、なぜ戦わなければいけないのか。とにかく僕は、受験戦争なんて殺伐とした言葉は大嫌いだった。 「戦争も競争も同じようなことじゃん」 不思議そうな顔で、和也が聞いてくる。 「競争の方が運動会っぽくていいじゃん」 僕の、間の抜けたような声に和也は、 「ああ、これだから智樹は。平和すぎるんだよ。大丈夫かな」 と、言って心配そうな顔で見てきた。僕は僕でやるつもりだよ、と心の中で思ったときだった。微かな水の流れる音が、会話に夢中になっていた僕の耳に入ってきた。ふと見ると、そこには大きな川が流れていた。気がつくと今僕達は橋の上にいた。子どものときに、よくこの川に飛び込んで遊んだことは、今でも新鮮な記憶だ。 その川、高瀬川は、真夏の空の青さと、草木の緑、それが混ざった切り子細工のような輝きを、きらきらと水面に映し、静かに流れていた。 とても深く、そして大きな美麗な淀み。淀みというくらいだからとても流れは遅いのだが、流れている。今すぐ服を脱ぎ、火照った体を川の水にぶつけたら、どんなに気持ちいいだろうと思った。また、こうも思った。このゆったりとしたようで、確実に流れていく高瀬川。誰にも止めることはできない。その川の流れは下流へと流れていく。時折しぶきを上げながら。そして、今は一緒の流れは、下流の浅く流れの速いところで石にぶつかったりしながら離れていく。しかし、どんなことがあっても、きっと海へとたどり着くはずだ。 気がつくと、僕の前に和也がいて、橋の欄干につかまり、水面を見つめていた。そして、言った。 「智樹。小さいときよくこの川で遊んだな」 なつかしそうな顔だった。 「おう」
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