捌:そこで、狂気は加速度的に

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何とも物悲しい旋律が狭い個室内を響かせた。柳川の三本の指が忙しなく動く。 夕刻の海沿いで佇み、波音がどっと押し寄せてくるようなセンチメンタルな情景が各人の心を埋めていく。   普段はパンクロックを演奏している男とは思えない繊細な音色である。歌詞のないその曲は、だからこそ静かに穏やかな感情のみを増幅させて行くのである。 「『アルハンブラの思い出』ね」   瑞季はクラシックギターから鳴る音階に聞き惚れながら、ポツリと呟く。 「意外だな、柳川がこんな曲を」   しみじみと古賀も漏らした。何かにつけて柳川に突っかかっていた彼であるが、その切ない曲調を聞き、少しだけ柳川を見直していた。 五感に訴える柳川の演奏は、殺伐としつつあったこの共同生活に一時の潤いを与えていた。
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