第1章

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今日は頑張って仕事して残業も無く帰れた。帰り道で何時もより豪華なご飯を買って、予約したケーキを取りに行って。――25歳の誕生日は少し贅沢をしようって決めてた。…特に意味は無いのだけれど、何か区切りみたいな感覚があったから。 私、山田華子は自分で言うのもあれなのだが…この歳にもなって恋人も居なければ祝ってくれる友達も少ない。 「…ただいま。」 昔ながらの日本家屋の戸を開き、しんと静まり返る空間に声を掛ける。買った物を台所に運び、食材を二人分に分け皿盛り付ける。 「おばあちゃん。はい、今日は私の誕生日だから少し豪華になっちゃった。」 そう声を掛けると、仏壇の祖母の顔が笑ったように見えた。私は物心ついた頃には祖母とこの家で暮らしていた。――…その祖母も高校の時に他界した。だから今はこの家は私だけ。 「にゃー…」 「あ、御免ね。太郎にも御飯あげるからね?少し待ってて。」 太郎…は、祖母が亡くなったその日に住み着き、我が物顔でこの家を占領をしている赤毛の珍しい猫である。自分の分から彼用に取り分けていく。おかしな事に、猫用のご飯は全く手を付けず、こうして私のご飯…というか人間の食事しか食べない。――取り分けたそれを太郎の近くに置き、私も食事に手をつけた。 そうしていつも通りお風呂に入って、布団に潜って。25歳の誕生日は静かに終わるはずであった。 意識が深く沈む中、ふにふにと私の身体を登る感覚。――太郎が潜りに来たのだと思った。うすらと目を開くと確かにそこには太郎の姿があった。だが、私の胸元に佇み一向に動く気配が無い。 「…太郎、寝れないから。潜るなら早くして、悪戯なら明日にして。」 夢現の狭間で、目前の彼を注意する。伝わったか否かは分らないが、彼は動こうとはしない。――しかし、すう‥っと顔が近付く気配。そして私の唇を彼は舐めた。その途端、部屋に物凄い風が渦巻く。私は眠気が吹き飛び、風圧に負けじと何とか身体を起こす。 「何が‥起きてるの…?」 訳の分らない事象に、身体は無意識に逃げる事を選択していた。‥が足がもつれ、尻餅をつく。やがて風が止み、薄暗い部屋の中に私以外の息遣いを感じた。 「――…、やっと。この日が来た。」 低い声が鼓膜を伝い、風で捲れたカーテンから除く月明かりが紅く光る髪を照らしていた。
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