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「僕、この花好きなんだよ」身をかがめ、何とも楽しそうに花を指先でつつく。
「……あなたでも花を愛でる趣味があるのね」女は憎まれ口を叩いた。
「ううん、趣味じゃないけど、この花は別。だって、さっちゃんみたいじゃない?」
ねえ、と話を向けた先のさっちゃんと呼ばれた女、野原幸子は赤くなった頬をりんごみたいにさらに紅潮させた。
「それはっ! 私がチビだと言いたい訳ねっ!」
きゃんきゃんと、スピッツが甲高い声を上げるようにわめいていた。憤懣やるかたないと言った風だ。
「いや、小さくて逞しくて可愛いと言いたいの。何ていう花なんだろう。ねえ、さっちゃん、知ってる?」
「……知りませんっ!!」
手に持った本を胸の前に抱えて、彼女はプリプリしながらその場を立ち去った。
「あれえ?」
幸宏は首を傾げる。そして隣に立つ彼より頭ひとつ分は背が高い友人、尾上慎を見た。
「どうして怒っちゃったんだろ。慎君、何故だかわかる?」
本人ですら持て余す長い手で額を押さえながら慎は言った。
「武君、その花の名前、本当に知らないのか」
「知らないよう、どの花だって。そんな洒落たことを覚えておけるほどおつむに余裕ないもの。慎君は知ってるんだ?」
「オオイヌノフグリ」
ぼそりと言う。
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