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「何。浦津課長。」
役職を強調するくせに決して鷲尾は敬語を使ったりしない。
それも私にだけだ。
どういうつもりなのかは知ったことじゃない。しかし随分横柄な男だ。
私なら腐ってもお断りだ。
「新規の案件、だっけか。俺でなくても浦津課長、お前が片付けりゃいいじゃねえか」
普段鷲尾にあてている案件の事前資料とは比にならない薄さのそれをみて彼は呟いた。
「早く言えよ。どうせ仕事のことじゃないんだろ」
「…毎日のように派手に遊び歩くのはいいんだけ」
「なに、嫉妬ですか?浦津萩乃」
名前を呼び捨てにされた。嫌味ったらしい敬語を吐かれた。
「するとでも?」
横目で笑ってやった。この男の根拠のない自信は何なんだ。
「ドSの女王様は俺が苦しむ姿を見なければご満足といかないでしょうが。」
「どこの根拠のない噂を聞いたのか知らないけど、喧嘩を売るなら実績叩いてからにして」
数秒の沈黙が流れる。
「ふぅーん。言ってくれるのな」
鷲尾が面白そうに言った後、事前資料をカモフラージュファイルに入れ、ちゃっちゃと振ってニヤッと笑った。
「実績叩きゃいいのな」
ドアが閉じて鷲尾の姿がないことを確認したとき、思わず口をついて出た。
「…喧嘩売ったの、私だ。」
得意げな彼の笑みからするに、すでに何か策があるのだろう。
こういう、相手が勝ちを確信した状態で始める喧嘩にはいささか不満だ。
翌日以降、明らかに鷲尾の仕事への姿勢が変わった。
部下が優秀になることには何の異存もない。でも相手が相手だから鷲尾には盛大に三日坊主を期待していた。
「浦津課長。おい。できたぞ」
偉そうな態度にはより磨きがかかって。
「了解。どうもね。報告書は」
「見てから言え」
他の社員なら報告書を案件の完了と同時に仕上げられないことの方が多いのに。
そして今までの鷲尾は報告書の提出は期限目一杯の遅さで薄さがこれはこれはコンパクトでしかないほどだったのに。
偉そう、といっても同期の部下だから正しくは「生意気」でしかないだろ。
おっと。
「生意気」でしかないでしょ。
「お疲れ様。」
「気休めですらない」
なにこの変貌ぶり。
鷲尾の変化はすぐに数字に表れた。
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