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クトの町の新しい住人として、ヒンデンマルク系の男性と中民国系に見える臨月の女性との夫婦が加わったのは、現在から少し前の事である。
初めはホテルペンドリーノにて宿泊していたこの夫妻だが、持ち合わせにゆとりがあるうちに…と、リリカに頼んで一軒の貸家を紹介して貰いそこに住み始めたのであった。
やがて妻は一人の女の子を無事に出産し、貸家の表札に新たな名前が書き込まれる。
その表札には
フランツ=ケーニッヒ=ルーデル。
銀華=ルーデル。
梨華(イファ)=ルーデル。
…と記されていた。
そんなルーデル宅の前の電車通りを、クト市電の路面電車が今日もゴロゴロと往来している。
クトに住む人々にとってはごく普通であるこんな光景も、路面電車といえば異世界某国の広電こと広島電鉄のそれしか知らなかった銀華にしてみれば、極めて良い意味にてとても珍しく映っていた。
ルーデル一家がクトに来てからというもの、銀華は実に良いことづくめである。
中でも嬉しいのは、愛娘を無事に出産出来た事と夫フランツが数年間もの長期休暇を取ってくれた事であった。
ところが、神様若しくは運命とは妙な所で公平らしく、キッチリと良くない出来事をも銀華に用意していたのである。
「スロさんもロコちゃんも急に転勤だなんて…
国鉄総裁を引っ掻いてやりたいにゃん」
爪を研ぎつつ銀華がふと呟いた。
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