この出会いは運命であるか

2/2
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「泥棒を捕まえたので、庭に来てください」  翌日の早朝に寝室の部屋ベルが鳴ったのは、あの男と黒猫が和草(にこぐさ)に取っ捕まったからだった。シャムシェイは暫く回らない頭で途方に暮れていたが、はっきりしない意識に無理をいわせて、螺旋の階段を下りていった。下りている最中に足が縺れたり頭痛や目眩に襲われる、彼女は快眠を邪魔されてまた少し不機嫌になっていた。どうしてはわざわざ自分が起こされているのだろうか、和草のことだから、泥棒を捕まえたことを自慢したいだけかもしれない。何も考えていないのかもしれない。深読みしようと潜る思考を沈黙させて、さっさと庭に踏み込んだ。  ーーーー居た。一瞬で背筋が凍りついてしまうような異様な気配に包まれたガーデンの桜木の下で、和草は揚げたてのコロッケくらいサクッとした笑顔をシャムシェイに向けていた。それは昨日ここで別れたときに見せた、あの笑顔の延長線上にあって、それでいて昨日より随分と出来がいいように見えた。全く違うようでいて、受け継がれているものは前日のほとんどである。複雑な印象を受けてしまうわけだけれど、つまるところ、どちらも着実に裏がありそうなのであった。  シャムシェイは石畳のうえで、和草の笑顔を長い間眺めていた。シャムシェイはこんな風にじっくりと和草を眺める時間が好きだったが、今日はその輪郭が酷くぼやけてしまって、何度も目を擦った。浜に波がうちあがり砕ける音が鼓膜の周りをぐるぐる回って、彼女を叩き起こす目覚ましのアラームのように大きく響いている。それだけでもシャムシェイの意識はすっかり晴れていく。視界がぼやける以外、庭は生暖かく聖母のように包み穏やかだった。こうも気持ちの良い朝であるというのに、シャムシェイの行き場を無くした戸惑いは、細菌のように無限に繁殖していく。  原因は彼の笑顔だけではなくて、その手に握られている金属バットのせいでもあった。彼がスーツを着ていなくて、髪も下ろしたままだったということもそうだった(シャムシェイも寝間着姿であるが、和草はそういった身なりのことについては、他人に厳しいのはもちろん、自分には尚更厳しい人だ)。桜の枝にぶら下がった男と黒猫が原因でもあったし、その男が血まみれで、生きているのか、死んでいるのか分からないからでもあった。 (猫は死んでいた)
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!