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「おい何サボってやがる! 手を動かせこのウスラトンカチ!!」
「はっ? あ、はい、すみません!」
そして、甘い追憶は上司の怒鳴り声でがらがらと崩れ去ってしまうのだった。
僕の名前はジグモ。決して叶わない夢に見切りをつけて、この春からジャンク屋として新たな一歩を踏み出した十八歳だ。
店裏の敷地に大き目のタープを張っただけの、この油と鉄にまみれた小さな廃材置き場が僕のこれからだ。まずは上司に任された仕事をきっちりとこなさなければなるまい。
廃材に躓かぬよう気を付けながら、敷地の隅で廃材に埋もれる作業机へとぼとぼと向かう。
タープの向こう、望海通りから吹く湿った潮風が、そんな僕の心を慰めるようにやんわりと頬を撫でた。
〇
時は西暦3000年、辺りを最後に数えられなくなってしまった。それは小学校で誰もが習う歴史の知識だ。人類は宇宙より飛来した未確認生命体によって文明の殆どを奪われ、地上を追われてしまったのだ。
今や陸地という陸地は『スピロバ』と呼ばれる思念生物に支配されている。正式名称は『スピリット・ロバー』。言葉通り、この地球外生命体は精神や記憶といった思念エネルギーを喰って生きる。
食料とする思念エネルギーは生物・非生物を問わない。人間をはじめとする動物はもちろん、書物や芸術作品から宗教上の構造物に至るまで、僅かでも精神性の含まれる物体ならば節操なく食らい尽くす。
身体は霧状で実体が薄く、さらに光彩思念膜と呼ばれる思念力場が身体を包み込んでいる。原理の解明は未だにされていないけど、この光彩思念膜があらゆる物質の運動エネルギーを無効化してしまうため、銃火器をはじめ通常兵器でスピロバにダメージを与える事は不可能だった。
人類は成すすべなく、その全てをスピロバに蹂躙された。
後に判明したスピロバの唯一の弱点は、ナトリウムイオンだ。どうやらこのイオンが持つ固有エネルギー準位が、スピロバの光彩思念膜を吸収・無力化するらしい。
ナトリウムがこの星に豊富だったのは不幸中の幸いだった。人類はこぞって海の上に浮かぶ街、『海遊都市』を作り、そこへ逃げ込む事で絶滅を免れた。
ほどなくして、このナトリウムイオンを用いてスピロバを攻撃する『攻念兵器』の開発にも成功し、僕の住む『ポセイドン』を含む幾つかのキャピタル級海遊都市は陸地に蔓延るスピロバに対し、今こそ攻勢に転じようと士気を高めている。
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