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「ぼんやりするな。球場の方角は西か、東か。私は急いでいるのだ」
「球場ならこの通りを渡ってしばらくまっすぐですけど…、すみません、僕も急いでますので」
その美少女に、僕はようやく言葉をかけることに成功した。遠回しに「現地までの案内はできませんよ」とお断りしたつもりだったけど、この困った現状を打破することはできなかったようだ。
「おぬしの事情など知ったことではない。万が一にも私が決闘でグランに敗れるようなことがあれば…、おぬしの抱える案件など、この脆弱な人間世界ごと虚無に帰すことになるのだぞ」
「はぁ。いや、でも、三時に予約が」
はめてもいない腕時計をチラリと見る仕草をわざとらしくして見せ、僕はどうにかしてこの場から逃れようと足掻いてみる。
しかし、そんな僕の逃げ腰感丸出しの態度に業を煮やしたか、美少女は腕組みをして、頭一つ分ほど背の低い所からじっとりと睨み上げてきた。
「おぬし、事の重大さがまったく理解できていないようだな。よいか、先ほどの私の話を思い出してみろ。我こそは神々の住まう塔を守護する者、リリィ。ここまでは把握しているか?」
「いえ、初耳です。グランさんとかいう方なら何度かお名前をお聞きしたような気がしなくもないですけど」
「グランは魔族の尖兵にして我が永遠の宿敵の名だ。私がグランに敗れし時、神々と魔族の最終戦争が勃発し世界の秩序は崩れ去る。いいか少年、理解しろ。この世界でおぬしらが生きていられるのは、私がこれまでのグランとの戦いにおいてことごとく勝利し続けているからなのだ。理解したなら行動しろ。私を、グランの待つ市営球場まで案内するがよい」
そこまで一気にまくし立てると、リリィさんとやらは女性とは思えないほどの握力で強引に僕の手を取り、赤信号にも関わらず僕を引きずったまま横断歩道をスタスタと歩き始めた。
「いや、ちょっと!あの、車が来てます!リリィさん、車が来てます!」
「心配するな。轢かれそうな時は私が守ってやる」
「いや、その前に信号守りましょう!」
叫びも虚しく、リリィさんに手を引かれるまま、僕らは横断歩道をダッシュで駆け抜けた。
甲高い急ブレーキの音に重なり、何かすごい衝突音が聞こえたような気もするけど…、振り返る余裕は、僕にはなかった。
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