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横断歩道を渡り終えた勢いで、商店街に隣接する裏通りをそのまま数十メートルほど走り、お客さんが入っているところを未だかつて見たことのない古びた洋服屋の手前あたりでようやくリリィさんはその足を止めた。
僕の手を引きながらあれだけ走ったというのに、息を切らした様子など微塵もない。
そしてリリィさんは何やら上へ向けておもむろに右手を伸ばし、凛と透き通る声で周囲の目も気にせずいきなり叫んだ。
「ハト!」
すると上空から一羽の灰色の鳩がパタパタと舞い降りてきて、リリィさんの細い右肩にとまった。
なんの前触れもなく、お願いしてもないのに目の前でいきなり手品を見せられた気分だ。驚く暇さえなかった。
「よしよし、いい子だな。この鳥の名はハト。主より賜った奇跡を呼ぶ聖なる鳥だ」
「鳩がですか?」
「ハトだ。ハトとは我々の言葉で『神の遣い』という意味だ。お主らのいう鳩とはわけが違うぞ」
「それは失礼しました。いわゆる同音異義語とかいうやつですかね」
「うむ。日本語というのはじつに難しいな。ところで今、この言語の起源から今に至る歴史と変遷をすべて網羅した上で、おぬしにも分かり易いよう現代日本風の言葉に変換して話しているのだが…、きちんと伝わっているか?」
「えと、今のところきちんと伝わっていますけど。確かに日本語は難しいですよね」
「そうだな。だが、複雑であるがゆえに美しい。日本語か…、なかなか気に入ったでござる」
「少し現代風への変換に失敗してますけど大丈夫ですか、リリィさん」
そんな話をしながらも、僕はそのハトをじっと見つめていた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔できょとんとする僕のその顔を、ハトと呼ばれた鳩のような生き物というか鳩そのものにしか見えないその灰色のハトが、リリィさんの肩の上で首をかしげて鳩のように見つめている。
「でも、この鳥が神の遣い…、ですか。だとしたら、人間の言葉とか喋れたりもするんですかね」
「そうだな。試してみるがいい」
「え、マジですか?あの、ハトさん、はじめまして。今日はとてもいい天気ですね?」
「くるっくー」
「だが少年よ、残念ながらハトは喋ることはできない」
「いや、それ先に言ってくださいよ。なんで試させたんですか。それで、なぜこのハトポッポを呼んだんです?」
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