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リラの両親・フローレス夫妻がアークの海洋生物研究所で越冬する事になったあの冬、リラは元々体が弱かった事もあり、温暖な気候の伯母の家で二人の帰りを待っていた。
アークに滞在する間、海洋生物研究所で一人遊ぶノアをフローレス夫妻は小さな友人として扱い、ノアの知らない世界の事を沢山教えてくれた。
仕事とはいえまだ幼い娘と離れて暮らさなくてはならなかった二人は、その寂しさを紛らわす為か、研究室のデスクに何枚ものリラの写真を飾り、リラの話をいつもしていた。ノアも春になったらアークを訪れるというリラに会えるのをとても楽しみにしていたのに。
誰もあんな春を迎えるなんて思ってはいなかった。フローレス夫妻も、リラも、そしてノア自身も。
「あ、ノア。窓の外を見て下さい」
白くふわりとした綿のようなものがチラチラと空から落ちてくるのが、窓の外に見える。
「今年は早いね。まるで……」
ノアはそう言いかけてそのまま口をつぐむ。
あの日海上に出た海洋生物研究所の観測船は、突然姿を消した。そして、翌日はいつもより早い冬の嵐がアークを襲う。
酷い吹雪で船など探せるはずもなく、ようやく嵐が収まった後、見つかった船は凍てついていた。
「リラ、雪も降ってきたし早めに研究所に行かないと、帰りが大変になるね」
リラはノアの顔をじっと見てから、もう一度外の景色に目を向ける。
「これから雪が酷くなるかもしれませんから、今日は研究所に行くのはやめておきましょう。長旅でお疲れでしょうし、長からも無理はしなくて良いと言われています。それに私も本当はノアとの時間を少しでも長く過ごしたいのです」
リラがそんな風に言うなんて、ノアには意外に思えた。いつもなら、早く研究所に行きましょうと言いそうなのにやはりリラは今日どこかいつもと違っているようだ。
「それなら、少しまだ早いけれどさっき言っていたお酒を一緒に飲もうか」
「テキーラサンライズでしたね」
「あれ? 僕が何を作ろうとしているか言ったっけ」
リラは一瞬戸惑った表情をしたように思えたけれど、「はい、伺いました」と、頷くと冷蔵庫の中からオレンジジュースを出してテーブルの上に置いた。
「リラはテキーラサンライズの作り方を知っているんだね」
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