◇ ナーフェルにて

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「ノアは今年も海洋生物研究所の観測船に乗るつもりですか」 「そうだけど、どうして?」 「いえ、確認をしておきたかっただけです。今年は私も乗る予定なので」 「リラも? リラが調査出来るほどに成長したのは嬉しいんだけど、雪も降りだしたし少し心配だな。でも、おめでとう。やっとあの日の約束が叶うんだね」 そう言った途端、リラは涙を浮かべてノアの胸に顔を埋めた。 「どうしたの? リラってもしかして泣き上戸だったの?」 リラはただただ、泣き続ける。ノアは二人のグラスをテーブルに置くと、リラを抱きしめながら髪を撫で続けた。 外を見ると、ますます雪は強くなってきている。 凍てついた観測船の中には、どれだけ探してもリラの両親はいなかった。観測船の中にいた誰もが、その真相を語る事は出来ない。 ただ、カナダから来ていた何名もの研究者たちが亡くなったことで、再びアークに外の者達の目が向いた。今では殆ど、自分たちの食べる分しか捕らなくなっていたのに、鯨やアザラシ、白くまなどの数を減らした野蛮な民としてアークの名前は一人歩きする。アークの民もその観測船の中で何人もの家族を失い、とても傷ついていたのに。 初めは酔った老人の言葉だった。――――アークの掟に背き、神聖なイッカクの住む海域に外の者を入れようとしたから神が怒ったんだと。 これはアークに伝わる神話の一つで、ノアも幼い頃から聞かされている。 『まだ民が狩りや漁の為に広い大地を移動しながら生活を送っていた頃、ある男がこの地へとやってきた。民はその男を歓迎し、アークの地へと迎える。しかし、儀式の際以外は傷つけてはならないとされる、神の使いであるイッカクをその男は殺してしまう。 民はその男を海に落とし、神の怒りを鎮めようとしたが、神の怒りは収まらずこの地に大嵐を起こし続けた。そして、民が逃げ出せないように両側に高い山を作り、地が削れるほどに海を荒らした。 多くの民が海に、そして吹雪に命を奪われた。残った僅かな民を別の神が哀れに思い、船に乗せこの地へと船ごと降ろした。そしてこの地にアーク(方舟)という名前をつけた』
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